2010.8.28
特別講義02 前編  
坪井宏嗣
氏(坪井宏嗣構造設計事務所) 講演レポート


「建築家と構造家、それぞれの思想」と題して行った、特別講義02での講演内容を前編、後編に分けてお届けします。
前編は
坪井宏嗣によるレクチャーの模様をお伝えします。


photo : (c) ヨコヲノ森


坪井構造設計の坪井と申します。前回レクチャーされた鈴木さんは構造設計をやられている方だということで先輩の結婚式で紹介されました。その後もご挨拶させていただく機会もあり、そのような繋がりで鈴木さんからご連絡を頂き、今回レクチャーをさせて頂く事となりました。

ヨコヲノ森)構造の方というのは有名になればあるんでしょうけれど、直接レクチャーをお聞きできる機会がないと言うのが印象です。特に30代、40代位でも雑誌に載っている人はごく一部で、各々どういう設計をされているかわからない状況になっている。今回坪井さんにレクチャーして頂けるのは本当に貴重な機会だと思いますので、よろしくお願いします。

坪井今日はここ一年間くらいの仕事を紹介します。雑誌に発表されているものもされていないものもあります。あまりメディアからは分からない部分を紹介させて頂ければと思います。特に学生さんは、話を聞いていて『何それ?』と思う事もあると思うので、すごく基本的なことであっても遠慮なく質問してください。
ではさっそく始めます。

(各プロジェクトの講義内容は、リンク先で読むことができます)

1.下川歯科医院(設計:設計事務所SUEP.)
2.ウチミチニワマチ(設計:増田信吾+大坪克亘
3.マルシェ・ジャポン・キャラバン(設計:メジロスタジオ
4.木造住宅の片持ち階段(設計:小林良白井亮平山裕章佐藤宏尚建築デザイン事務所イイヅカアトリエ
5.Kubomi(設計:設計事務所SUEP.)
6.ハイブリッド(設計:仲俊治・建築設計モノブモン
7.HPシェル(設計:増田信吾+大坪克亘平山裕章Responsive Environment(日高仁+西澤高男))



photo : (c) ヨコヲノ森

坪井)今回のレクチャーは、大きく7つのジャンル構成で用意してきました。約2時間と自分にとっては結構な長さだったので、7分割すればひとつ15分という見慣れた単位になる、というのが発端です。
また、密度の濃い話をするのには1プロジェクトにつき10分あれば十分だと考え、残りの5分を質疑応答に充てようと考えました。こうすれば質疑をリアルタイムで入れることとも合致しますし、また10分にまとめて話せない事は大して重要なことではないだろう、という考えもありました。
皆さん忙しい中せっかく半日つぶして集まるので、双方が有意義な時間を過ごせたらよいと思って用意してきました。 レクチャーとしては、今日準備したものは以上となります。


ヨコヲノ森)それでは、みなさんから質疑をお受けする前に、インタビューの際に少しふれた緊張感のある空間というお話についてお聞かせください。

坪井)すごく感覚的な話なんですけれど、例えば下川歯科医院の細い柱は耐震的にも効いていて、軸力だけを負担するように力を抜く設計をしたから細い、ということではない。水平力を分散させて均等に負担するような設計をすることで、断面が小さいながらも力が入っていることが体感されて、緊張感が生まれるのではないか、と思っています。

よく遊んでいる材と言っているんですが、全く効いていない材が他と同じ断面で入っていることがあります。そういう材が入っていると締まりのない空間になるのではないか、と感じていて極力全部の材がちゃんと効いているように、あまりブカブカに余っていない状態、ギリギリにすればいいというものではないですが、色んな材が自分の役割で効いていることが緊張感に繋がるのではないか、と思っています。



1.下川歯科医院(設計:設計事務所SUEP. / photo : (c) 坪井宏嗣構造設計事務所.)

坪井)下川歯科医院のプロジェクトでこだわったのが、板厚なんですけれど、鉄って比重が7.8t/立米で水の8倍近くあるすごく重たい材料なんですね。厚い鉄板というのはやはりそれだけで存在感が出てしまうので、これは全部薄い鉄板でいこうと考えました。
柔らかい空気感というものを壊さないように、外壁も3.2mmにしているし、柱も4.5mmだし。梁も普通のH型鋼ではなくて、溶接軽量H型鋼という、ライトHというのを使っています。これも普通の100×100のH鋼じゃだめですか?と聞かれたんですが、ライトHを使って下さいということでお願いしました。目に見えないところで躯体が感覚に訴えている所もあると思うので、気をつけて設計をしていますね。

ヨコヲノ森)均等にすべての材がちゃんと役割をもっていることが重要ということですか?

坪井)そうですね。コアで集中して水平力を取って、外周は力を抜かせ柱を細くして、というのがよくあると思うんですけれど、それは自分としては違和感があります。

ヨコヲノ森)先程の木造もそうですが、二次部材も含めて、全部組み込んでいって、更にそれぞれが、自分のポテンシャルぎりぎりで使われていくということですか?

坪井)そうですね。結局どこまでコントロールできるか、になっていくと思うんです。例えば意匠設計でもなんとなく決めた線と、色々決めた線とで違いがあると思うんですね。実際問題として隅々までデザインしてしまうと、やはり大変だしお金もかかるので、そうでない所は出てくると思うんですけど、やっぱり意図をもって設計をするのが大事だと思うんですよ。

構造だと、意図をもって材の設計をすると、それなりの役割を各材に与えることができるので、それをどこまでコントロールできるのか、ということ重要だと考えています。



1.下川歯科医院(設計:設計事務所SUEP. / photo : (c) 坪井宏嗣構造設計事務所)


ヨコヲノ森)
下川歯科医院のフィーレンディールですが、ブレースにするとどうなるんですか?

坪井)なぜブレースにしないかっていう話ですよね。

ヨコヲノ森)私はさっき、フィーレンディールと聞いた時、壁と壁の隙間でフィーレンディールを組んでいて、壁の面外方向へ応力を負担していると思っていました。

それでちょっとわからなくて。面内方向のフィーレンディールという話だったので、さらに鉄板3.2mmも使わずにラーメンを組んでいるというお話でした。そうすると全部開口部なわけじゃないから、壁になるフレームには、ブレースを割り付けても解けるのではと思ったんですがどうでしょうか?
また今回の場合に、どうしてブレースではなくラーメンを選択したのでしょうか?

坪井)まず基本思想として、ブレースがあまり好きじゃないというのがあります。破断して終わりというのが気持ち悪い。ブレース構造には引張り系統しかないのに対して、ラーメン構造には靭性がある、ということで極力ラーメンにしたいというのが基本スタンスとしてあります。ほとんどブレースは使いません。

ただ、今回の場合は、ブレース構造というのも議論したのですが、結局ブレースを使うと先程のあみだくじ状の壁下地が収まらず大変だという事になりました。よく施工側から、胴縁が納まりにくいから、壁が薄い時はブレースはやめてくれ、と言われるんです。でも皆建築家の方は壁を薄くしたいから、壁の薄さにこだわるときはまずブレースを入れないです。



1.下川歯科医院(設計:設計事務所SUEP. / photo : (c) 坪井宏嗣構造設計事務所)


聴講者)
フレーム自体に間柱が入っていますが、3.2mmの鉄板があれば、葉っぱの形はあるにしても、面的に剛性はききますよね、溶接して一体化してしまえば。

坪井)そうなんですけど、やっぱりその間に意匠側で下地材を入れたいという要望があったんですね。だからそこを構造的に効かすディテールにすると・・・

聴講者)それで、ヒートブリッジが、ということなんですね。だったら納得。

坪井)面材を構造的に使うとなると、やはりなかなか難しいと思うんですね。ちょっと薄い板になると、ちょっとした地震がきたときにも、歪んで皺ができちゃう可能性もあると思うんですよ。

聴講者)それはブレースを使うみたいに、坪井さんにとっては何か嫌なものがあるんですか?面的に鉄板でやるというのは。

坪井)いえ、鉄板造はやりたいです。鉄板はブレースと違い余力がすごくあるので、ブレースみたいに切れて終わりではないのでいいと思うんですが、計画上の理由でなかなか難しいんですよね。
断熱をどうするかとか、厚い鉄板を使うとコストにはね返っちゃうので。いつかはやりたいと思っているのですが、かなり条件が揃わないと難しいんじゃないかと思っています。お施主さんが断熱で文句を云わないとか、ですね。出来たときは文句を言わないとしても、いざ住んでみると熱い、という話は結構あるし。



5.Kubomi(設計:設計事務所SUEP. / photo : (c) 坪井宏嗣構造設計事務所)


ヨコヲノ森)
鉄骨の考え方は、ほかの構造形式になるとどうなんですか?
先程のRCは、構造的には基礎にかなり無駄が多いと思うんですね。肉厚が大きくなったり、本当はもっと薄くてもいいのではと思いました。

坪井)そこは構造というよりは、彫刻みたいなものだと思ってるので。

ヨコヲノ森)それは素材が違うから考え方が違うという事ですか?RCって、すごくマッシブなものだからいいだとか。

坪井)そこは割り切りがあるからいいと思うんですよね。構造的に合理性を持たせたいのかそうじゃないのか。全く構造的に合理的じゃない建物というのもあってもいいと思うし。基礎というよりも、基礎部分だけでオブジェとしての作品になるようなものなので、その上に構造のフレームがついて家にしている感覚です。RC部は自分はタッチしないでいいのではないかと思っています。
今回のプロジェクトは、意匠側のがっちりしたコンセプトが下についてはあったんですね。逆に上については特に何もなくて、上に関しては建てばいいと。くぼんでるところのでっぱりをつくるために、ここに壁が入れられないとか、そういう問題をクリアしてなんとか成立させるのが自分の役割だと割り切ってやっていたので。

ヨコヲノ森)結論として割り切るというのは全然ありだと思うんですが、プロセスの中でその葛藤はあるんですか?

坪井)ある人とない人がいます。末光さんの場合はほとんどないです。いつも形の違う器具がかみ合うみたいに、全然言っていることは、意味の上では噛み合っていなくとも、一応二人の意見を合わせると成立するというところに落ち着いてくるので。これもそういう感じでしたね。末光さんはこっちを考えていて、僕はこれをこうしなきゃいけないんじゃないかって、あ、できた!という感じですね。

ヨコヲノ森)別々のところに意識がいくんですね。

坪井)そうです。



7.HPシェル
(設計:増田信吾+大坪克亘+平山裕章
/ photo : (c) 増田信吾+大坪克亘+平山裕章)



ヨコヲノ森)たまたまかもしれないけれど、先程の鉄骨の話はビジュアルにスタンスとかがクリアに見えました。それは素材のせいじゃないかと思ってさっき聞いたんですけれど、それが木造とかRCになったとき、どの程度影響してくるのでしょうか?

坪井)僕が鉄骨の研究室出身だったので、それが影響しているんだと思います。どうしてもものの考え方が鉄骨中心になってしまっているんですよ。木造は最初全然やるつもりはなかったんですが、独立後すぐに法改正があったりとかリーマンショックがあったりとかで大不況になっていったので、コストの関係で世の中の計画が全部木造になっていったんですね。これは木造もやらなきゃしょうがないなと思ってやり始めました。だから普通の木造をちゃんとやっている人に比べたら考え方が全然違うかもしれないんです。

自己流ではあるんですが、鉄骨を基準に考えた上で、木造に乗り込んでいくというか、そうゆうスタンスではありますね。だからどうしても木造だけでいうと説明がどうなるのかとか、RCだけでいうと一貫性がないんじゃないかとかいうことはあるかもしれません。プロジェクトによりけりなところはあります。
ここはこだわらなくていいなと思ったら全くこだわりません。どんなにぶくぶく太ってもRCはいいと思うし。


3.マルシェ・ジャポン・キャラバン(設計/ photo : (c):メジロスタジオ)


聴講者)プロジェクトを見ていくと、さりげない感じの構造が多い気がするんですが、それは坪井さんの意思がそっちに向いているのか。それとも建築家サイドがそうゆうのが今多いから、そうなのか?もし逆に、違ったらそれでフラストレーションがたまっているとかあるんですか?

坪井)今の感想は非常に嬉しいんですが、構造設計をする時に構造があまり主張しすぎると住む人にとってはどうなんだろうと思います。安全性という問題ともかかわるんですが、構造を見せることでそれは本当に安全かもしれないが、安心できるのか?という疑問があります。

例え話でよくするのが、街の中を警官が巡回していると安全かもしれないが、何か物々しい雰囲気がして、返って不安かもしれない。
例えば住宅に柱がゴンゴン立っていたら、本当はこれは危険なんじゃないか、危険だからこんなに柱がたっているんじゃないか、みたいな印象を与えると思うんですね。実質構造ではその安全性を確保した上で、その存在がさりげなく溶け込んでいるのが自分の理想なので、それは意識してやってはいます。

あまり構造が頑張っている、頑張っている、というのを見せられてもうるさいとは思うので、結構大変なことはやっていると思うのですがそれを感じさせずに、さらっとやりたいなと思っています。

聴講者)構造をやってないからわからないんですが、計画をしていて、色々危険域と、安全域とがあると思うんですよ。そのボーダーというのはあるんですか?



2.ウチミチニワマチ(設計:増田信吾+大坪克亘 / photo : (c) 坪井宏嗣構造設計事務所)


坪井)例えば、先程のエキスパンドメタルの塀の話だと、ボーダーラインを超えているんですね。ただし、あれは2m以下の塀なので法の規定の枠外にある。しかも設計の増田君の実家の塀であると。なので万が一想定外の事態が起きて壊れてしまったら、直してくれという感覚でやってもいいんじゃないかと思っています。
あれは、風が吹いたときに、どれだけたわむかということでクライテリアが決まるんですが、それが通常、1/120だったり1/150とかのいう値なんですね。あれは全然それにおさまってないんですが、だからといって、エキスパンドメタルのメンバーをあげるのかというと、そうではない。

僕があげろといえば彼らはあげるしかないんです。ただ、僕の判断としては、あれ以上メンバーをあげると彼らの世界は全然壊れてしまう。お施主さんがいれば別ですが、実家の塀だし自己責任でなんとかなる範囲、という意味でボーダーを緩めてもいいんじゃないかと思ってやっていますね。
あとは、揺れの問題というのは、居住性の問題なので個人差がかなりあるんですね。僕が設計するのは割りと揺れる方だと思うんですが、安全性とは関わらない。揺れても良いものができるなら、使う人が問題視せずに周囲に迷惑がかからなければ、それでいいんじゃないかと思います。




4.木造住宅の片持ち階段(設計:佐藤宏尚建築デザイン事務所 / photo : (c) 坪井宏嗣構造設計事務所)


聴講者)
構造的なものより居住性というものが問題になることが多いんでしょうか?

坪井)多いです。特に鉄骨造は、揺れるけれど安全という所ですよね。居住性の問題と法律的な問題の方がネックです。安全性よりもそっちの方が大変で厳しい条件になってきています。居住性については使う人の判断で変えられる所があるけど、法律はどうしようもないです。しかし及ばない所があれば、いろいろな条件のもと緩めてもいいと。個人的にはそう思っています。



photo : (c) 坪井宏嗣構造設計事務所

■ プロフィール
構造家 坪井宏嗣/坪井宏嗣構造設計事務所
佐藤淳構造設計事務所を経て、坪井宏嗣構造設計事務所設立。
代表作は、我孫子の住宅Kokage(設計:設計事務所SUEP./末光弘和+末光陽子)など。

坪井宏嗣さんに関するウェブサイト


 

 

 

 

 



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